Q11.出産後しばらくは、排泄関係の不具合やおしもの痛み、性生活の不自由などで多くの女性が悩んでいるようです。このような症状は、何かの病気なのでしょうか?
女性が出産すると、その後数ヶ月は、腹部に力を入れると尿もれしやすい状態が残っています。妊娠する前よりも尿もれしやすい、何となく腟の中に違和感がある、などの変化は、おそらくふつうのお産をしたすべての女性に起こりますが、もれやすさや力の抜けた違和感は、時間の経過とともに軽減します。この回復過程を骨盤底(註)の復古と呼びます。
骨盤底復古にかかる時間やどこまで自然によくなるかは、年齢やその他の身体条件によって差があります。出産後の骨盤底トレーニングには、骨盤底の復古を促進する効果があります。
尿もれの気になる人と気にならない人の差は、妊娠する前の尿禁制能力(尿を膀胱内にキープしてもらさない能力)や、妊娠中と出産後の排尿習慣、お産が安産だったか難産だったか、などが関係しています。妊娠出産で尿がもれやすくなる、腟が弛むなどのトラブルは、軽いものも含めれば出産後の誰にでも起こっています。年齢相当の速度で回復していく限りは、これらの変化をことさらに病気扱いする必要はありません。しかし、難産で骨盤底が傷ついて元にもどらない場合や、高度の尿もれがあって自然の回復が頭打ちになってしまう場合は、病気や異常として扱う必要があります。
(註)「骨盤底」:骨盤の底にあたる部分で、膀胱や子宮、直腸など、骨盤内の臓器を下から支えているもので、頑丈な線維組織や骨格筋でできている。
Q12.出産後の尿もれの原因について、説明してください。
重要な原因の1つ目は、妊娠と出産によって子宮が増大と退縮の目まぐるしい行き還りをすることです。妊娠中は大きな子宮が膀胱を圧迫します。また、膀胱を含め体内の平滑筋(註)がホルモンの影響により弛みます。妊娠中、膀胱は子宮と恥骨の間に挟まれてひしゃげており、内容積に比較して膀胱壁は引きのばされています。
出産が済むと子宮は急速に退縮し、膀胱を圧迫するものがなくなります。しかし膀胱の壁はすぐには元の張力を取り戻せず、しばらくは膀胱の壁がたるんでいます。この期間、尿意(「おしっこがしたい」という知覚)が鈍ります。また子宮が退縮すると排尿の際に膀胱は強く収縮しなけれけばならなくなります。高年出産や重い分娩の後など、しばらく膀胱の収縮力が追いつかず、尿を出しづらくなることがあります。
重要な原因の2つ目は、 分娩で赤ちゃんが骨盤底を通り抜けるとき、骨盤底は大きく押し広げられて傷むという問題です。出産後しばらくは、腟の中の通路がいくらかゆるくなっており、腹圧がかかると膀胱や尿道も腟内に押し込まれたり上下にずれ動いたりします。 分娩の進行が遅く、赤ちゃんを通過させるために子宮の上から強く押したり鉗子や吸引装置で牽引すると、骨盤底の筋肉や支持組織が断裂することもあります。
その他、分娩が途中で滞って半日以上経過した場合など、膀胱や尿道を支配する神経の機能が低下して膀胱麻痺を起こすことがあります。顕著な膀胱麻痺では、尿もれではなく排尿困難が起こるのですが、潜在的な排尿困難は実は頻繁に起っており、腹圧性尿失禁の発症にも関与しています。実際に、腹圧性尿失禁のある女性は、しばしば排尿時に膀胱が十分に収縮せず腹圧で尿を絞り出しています。潜在的な排尿困難の背景は、上に説明したように、神経の機能低下や膀胱壁の弛緩などがあります。
(註)「平滑筋」:血管や臓器を構成している筋肉の一種で、自律神経やホルモンなどの支配を受ける。自分の意思では収縮をコントロールできない。
ページ上部へ
Q13.出産後に尿もれがあるとき、どのように手当したらよいですか?
悪露(註)がなくなっても尿もれが残って日常生活に支障があるようでしたら、とりあえず尿もれパッドを使ってください。その際、生理用ナプキンやライナー類などでなく、尿もれのための専用品を使用するのがよいでしょう。生理用ナプキンは1ヶ月のうち数日間だけ使用することを想定し、血液を吸収するためのデザインになっています。尿もれ専用品は毎日連続して使用することを想定し、吸収力が増強されています。専用品の方が、デリケートゾーンのムレやかぶれを起こし難くなっているのです。
尿がもれやすいと、いつもトイレが気になります。それで、尿意がないのに頻繁にトイレへ行ってお腹の力で尿を絞り出すようになる人があります。しかし無理な排尿を繰り返していると、ますます尿もれは恒久化してしまいます。腹圧性尿失禁を悪化させないため、早めの排尿や力づくの排出動作は避けるべきです。出産から何ヶ月かたてば、尿意と膀胱の収縮力は上向きます。尿もれが気になる期間は、ぜひとも尿もれパッドを活用し排尿間隔を短くしないようにしてください。
骨盤底トレーニングは、必ずしも出産後大急ぎで始める必要はありません。お産に引き続く数日間、骨盤底の筋肉や支持組織には炎症が残っています。たとえばスポーツで肉離れや捻挫を起こしたとして、翌日からトレーニングするでしょうか? しませんよね。出産後の骨盤底トレーニングもこれと同じで、自信をもって正しいすぼめ動作ができる、すぼめ動作で違和感や痛みを感じない、という段階になってから骨盤底トレーニングを励行すれば十分です。正しい動作ができているかどうかは助産師や産科医にみてもらってください。やり方について、助産師にポイントを教えてもらってから始めましょう。
なお、排尿の途中で骨盤底筋を強く締めて尿流をストップするトレーニングがありますが、これは正常な排尿反射を撹乱し著しく有害です。このトレーニング法は、医学的な立場では推奨できません。経産女性の尿もれを減らすためには、骨盤底を鍛えるだけでなく、膀胱と尿道の協調的な働きを大切にする必要があります。
(註)「悪露(おろ)」:分娩後の数週間、子宮と腟が妊娠前の状態に戻る過程で排出される血液を混じた分泌物。最初は鮮やかな赤色で、時間がたつと血液成分が薄まり褐色になる。
ページ上部へ
Q14.出産後の尿もれはどのような経過をとりますか。どのくらい続いたら、受診するのがよいでしょうか?
出産年齢の女性の膀胱や尿道にはふつう十分な余力があり、尿意や排出力は時間の経過で次第に回復します。ただし昨今は、成長過程で女の子たちの足腰の鍛え方が不足しており、妊娠出産による骨盤底のトラブルは懸念されます。骨盤底のトラブルの増加には、出産年齢の上昇も関与しています。かつては、出産後の尿もれのほとんどは1ヶ月ほどみているとめどがたつことが多かったのですが、例えば40歳前後の初産婦さんでは、ひととおりの骨盤底復古に2ヶ月ほどかかってしまいます。
いずれにしても、生活に差し障るほどの尿もれであれば、出産後1ヶ月健診の時に産婦人科の担当施設に知らせてください。子宮が下がるとか腟がめくれて下がるなどの問題も、この段階で産婦人科の担当医が状況をつかんでカルテに書くことになります。
尿もれについて、とりあえず日常生活に不自由を感じないときには、相談せずしばらく経過をみていてかまいません。子宮下垂や腟弛緩の治療や管理が必要かどうかは、ケースバイケースで判断します。 尿もれがあり、出産後3~4ヶ月たってあまりよくならないとき、後から統計をとってみると、そのような場合は自然の回復が頭打ちになり恒久化することが多いことがわかっています。
いま日常的に困っていなくとも、出産後3~4ヵ月たって尿もれがよくならないときは、産婦人科へ相談すべき「しおどき」と言えます。職場に戻る予定の人なら、そろそろ育休あけが気になってくるかもしれません。ほとんどの場合に治療には専門施設への移動が必要になるのですが、いきなり専門施設を探すよりは、妊娠出産の経過などについて情報提供(紹介状)を作ってもらう方がよいでしょう。
Q15.出産後の女性の体は、何ともないように見えても、実はいろいろな部分にダメージを受けているのですね。これから妊娠出産する若い女性が、出産しても「おしも」のトラブルに遭わないようにするために、日頃から心がけておくことはありますか?
1. 足腰を使い、筋力を強化する
大人の骨格と筋肉は、第2次成長期から20歳代半ばまでに作られます。思春期から20歳代半ばまでの骨盤底の作られる期間に足腰を鍛える機会が足りないと、頑丈な足腰と骨盤底は育ちません。 現代人はどこへ行くにも乗り物を使い、自分の足で歩くことが減っているので問題です。ティーンエイジの時期に無理なダイエットをしたり、ハイヒールなど足腰の使い方を偏らせる履物を身につける女子が多いのも、気になります。
中高年層では、骨盤底トレーニングと腹筋トレーニングに関心を持つ人がたくさんありますが、骨盤底の健康はまず健全な足腰から、と言う順序があります。足腰を惜しみなく使い、自分の足で地面を蹴って歩くことです。その上で、スポーツやエクササイズ、骨盤底トレーニングなどで筋力維持を心がけられれば、最高です。骨盤底動作の正しい人なら、足腰を使う動作で骨盤底筋も鍛えられます。
2. 体重を管理する
骨盤底に限りませんが、贅肉がつきすぎると関節のトラブルは増加します。膝や腰に痛みが出て歩行中の脚の出し方がスムーズでなくなると、一歩歩くごとに骨盤底へは余計な負担がかかります。内臓周りの脂肪が増えると、身体の内部の圧力が高くなり、これも膀胱や骨盤底を上から押すため、尿意が切迫したり尿もれしやすくなったりします。
ではどのくらいの体重が好ましいかということですが、体格体質ということを加味すると、ごく大ざっぱに、身体のつくりの完成する20歳代半ばのときの体重に戻しなさいと言われているようです。ただしこれには例外もあります。
3. 骨盤底に負担をかける要素を見直す
腰痛で整形外科へ受診するとコルセットを作ってくれることがあります(医療用コルセット)。コルセットは急性期の腰痛を管理するのに有用な道具ですが、胴回りをコルセットでしっかりと囲い込んでいると、せきやくしゃみ、いきみなどで腹圧がかかるときにその力はお腹の前方や側方へ逃げず、100%骨盤底に衝撃を与えます。コルセットをしたために子宮脱や尿もれになる人があるのです。胴回りを締めつけるコルセットは骨盤底の負担を増大させるので、自己判断で念のためにいつまでも使い続けると弊害もあります。整形外科の担当医に指示された期間だけ使用してください。
その他、便秘でいつもいきむ、気管支喘息や気道アレルギーなどでいつも咳やくしゃみをしている、などのことがあれば骨盤底への負担は増大します。程度にもよりますが、骨盤底を守るためには、便秘や咳やくしゃみを放置せず手当すべきです。