研究など(インタビュー)

環境衛生の専門研究者による研究成果の説明-温水洗浄便座のノズルから出る水(吐水)は細菌学的な観点からみてきれいなのでしょうか?

日本レストルーム工業会では、第一線で活躍される環境衛生を専門とされる研究者に温水洗浄便座の吐水に 関する微生物学的実態調査研究を委託しました。その研究結果は概要として掲載していますが、その内容をもっと分りやすく説明する記事をご執筆して頂きました。

伊与亨先生

文京学院大学保健医療技術学部 非常勤講師
前職 北里大学医療衛生学部公衆衛生学研究室講師(2022年3/31まで)
北里大学衛生学部産業衛生学科卒業(博士(学術)・技術士(衛生工学部門))
北里大学衛生学部衛生工学教室助手として生活排水や浄化槽の生物処理に関する研究に従事。北里大学医療衛生学部に改組後、衛生管理学研究室講師を経て公衆衛生学研究室講師に。上下水道における微生物の挙動や糞便汚染指標細菌の検出等の研究などを行い、2011年から温水洗浄便座の吐水の微生物学的水質について調査。2022年3月31日で北里大学を定年退職したあと2022年4月からは文京学院大学保健医療技術学部にて非常勤講師として公衆衛生学関係の講義・実習を分担。

【まとめ】
※人に触れる吐水を対象にして調査にしました。
・吐水は水道水並みの水質でした。
 →ノズルの自動洗浄機構で衛生性は維持されていると考えられます。
・毎日ノズルを水拭きすると衛生性はさらに向上します。
・吐水を始めると細菌数はすぐに減少します。
・付着した細菌はノズルを遡上しません。

日本レストルーム工業会からの補足:記事の読み方
この記事は、研究者が研究の取り組みについて分かりやすく記述された記事ですが、研究内容を補う説明などについては、そのタイトルだけを表示して折りたたんでいます。その記事を読まれる場合は「+」をクリックください。その記事が開きます。

<はじめに>

2009(平成21)年頃から、温水洗浄便座の貯湯タンク内で雑菌が繁殖していることやノズルが細菌で汚染されている等の記事が、新聞や週刊誌で紹介され始めました。現在も、研究者の研究発表会では温水洗浄便座が発表演題のテーマのひとつであり、温水洗浄便座に関する学術論文も出版されています。温水洗浄便座は広く日常的に普及している家庭電化製品ですので、温水洗浄便座について関心をもたれている人も多いと思います。私は、2011(平成23)年頃から、慶應義塾大学の大前先生(現・慶應義塾大学名誉教授)や朝倉先生(現・東邦大学准教授)と共同で温水洗浄便座の吐水の細菌学的性状について調査を始め、2016(平成28)年、2018(平成30)年、2022(令和4)年に3報の論文を出しました。

以下、これらの論文の主な内容を解説しますが、【情報の取扱い】【安心・安全とリスク】についてもお読みください。

【情報の取扱い】記事は + をクリック

【情報の取扱い】
冒頭で、新聞や週刊誌での温水洗浄便座の記事のお話しをしました。世間では、新聞の情報や論評は正しいと思われがちですが、人間が書く記事ですから誤報もあります。また、新聞では「角度をつける」といって、記者が注目する側面をクローズアップします。誤解無きように申し添えますが、新聞は信用できないという意味ではありません。「角度をつける」傾向は週刊誌ではさらに強いように思います。見出しをみるとセンセーショナルだったが、実際に読んでみると、バランスの良い記事だったということも多々あります。テレビについても同様なことがいえるでしょう。特にテレビは、単純に概算すると視聴率1%は100万人程度となりますので影響力は計り知れません。さらにインターネットの情報にも注意が必要です。正しい情報もあれば間違った情報もあり、あえて間違った情報をながす場合もあります。ただし、インターネットでは情報の是非を多くの人が検証可能です。新聞・週刊誌・テレビなどの一方向の情報源ではないところに希望が見いだせます。
このように現代は、様々な媒体で様々な情報が溢れている情報過多の時代です。正しいと思う情報でもとりあえず疑ってかかるという姿勢は必要でしょう。この記事も同様です。内容を読んで、是非ご自分で考えてみて下さい。勉強の目的は自分で考えるためですから、現代を生きる限り一生勉強が必要といえます。

【安心・安全とリスク】記事は + をクリック

【安心・安全とリスク】
温水洗浄便座に限らず、物事に対する「安心・安全」は絶えず要求されています。この「安心・安全」という概念ですが、実は全く異なる概念です。安心とは感情の問題であり、安全とは科学の問題です。世の中には、科学的に安全でも、心情的に納得できないと安心と思えないことが多々あります。また、何事にも、一般的に危険性といわれている「リスク」を伴います。このリスクはゼロにすることはできません。ある手段や行為のリスクと利点(メリット)を考えた際、リスクを上回るメリットがあれば、人はそれを行います。具体的には、自動車・電車・船・飛行機のような交通手段、ワクチン、原子力発電所など事例が挙げられます。交通事故は日常茶飯事ですし、ワクチンでは副反応があります。また、東日本大震災の津波で非常用電源が喪失した福島第一原子力発電所の事故も起こりました。ちなみに、ある手段や行為を行うリスクは良く議論されますが、ある手段や行為を行わないリスクはあまり議論されることはまずありません。リスクがあるから止めてしまえというのは暴論です。
このように、リスクはゼロにできないため、科学的に100%安全かと問われた場合、多くの科学者は「はいそうです」と断言せず、リスクの説明を詳しくしようとします。しかし、これが記事になると、「100%安全とはいえない」→「危険」という角度が付いた記事や報道になる可能性があります。また、リスクの詳しい解説より、問題を単純化して「危険!止めるべき!」と断言する方がわかりやすいともいえます。このような力強い断言は、科学的に間違いでも、人々から共感を得られる傾向にあります。しかし、科学者は、科学的に安全なものを、安心につなげられるよう常に努力をしなければなりません。
温水洗浄便座に限らず、物事にはメリットとリスクがあり、伝えられる情報に様々な角度が付くことも考慮した上で総合的な安全評価を行い、安心を得るという観点は重要と思い、少しお話しをさせていただきました。

<温水洗浄便座の吐水の細菌数>

ワンポイント:温水洗浄便座の吐水中の細菌の数は、水道水並みでした。

調査では吐水に含まれる一般細菌数や従属栄養細菌数などを調べました。一般細菌、従属栄養細菌、その測定方法については【一般細菌、従属栄養細菌とは】【一般細菌数と測定方法・条件】をお読みください。

【一般細菌、従属栄養細菌とは】記事は + を
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【一般細菌、従属栄養細菌とは】
細菌は、河川や土壌、食品や空気中、そして私たちの腸内にも広く存在しています。一般細菌は、様々な細菌が増殖可能な「標準寒天培地」を用いて、約36℃で24時間培養したときに集落を形成する細菌のことをいいます。一般細菌は、それ自体が病原細菌ではなく、病原細菌との直接的な関係もないですが、汚染された水ほど一般細菌が多く含まれているため、水の汚染状況を知る目安となる検査項目です。一般細菌は十分に消毒された水道水で検出されることは少なく、塩素注入量の不足や汚染水の混入によってその数が増加します。したがって、一般細菌が基準値以下であれば水の汚染はないと判断することができます。
水中では、有機炭素濃度が数mg/l 以下といった低有機栄養環境下や低水温環境下で生息している細菌(光合成細菌は含みません)がいます。従属栄養細菌は、有機栄養物を比較的低濃度に含む培地を用いて低温で長時間培養(例えば20±1℃ 7日間)したとき、培地に集落を形成する、培養可能なすべての細菌のことをいいます。水道原水中においても従属栄養細菌は一般細菌よりも著しく多く存在しているので、浄水処理過程や消毒過程で細菌の除去性を評価するのに適しています。また、配水系システム内における塩素の消失や滞留に伴って従属栄養細菌が増加するので、それらが清浄な状態にあるのかどうかをチェックする際にも有用です。

【一般細菌数と測定方法・条件】記事は + を
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【一般細菌数と測定方法・条件】

ワンポイント:計り方で細菌数は変わります。

上水道や食品の衛生状態を表す指標として、上水道では一般細菌数が、食品では生菌数が用いられています。一般細菌数とは、標準的な栄養を含む培地に1mLの試料水を加えて36℃で24時間培養して認められるコロニーの数です。一方、生菌数は、食品に含まれる細菌数を数えるために用いる方法として標準的に用いられています。生菌数は、一般細菌数と同様な成分の培地に1mLの試料水を加えて35℃で48時間培養して認められるコロニーの数です。論文では「生菌数(Total Viable Count)」を測定しました。ただし、今回の記事では、生菌数よりも細菌数の方が理解しやすいと思い、「一般細菌数」という名称に統一しています。いずれにしろ、一般細菌数も生菌数もその値が大きいほど、細菌学的な汚染が生じていると推定できます。なお、細菌数の多い・少ないですが、1個が3個となっても多くなったとは考えません。1個が10個となったときは明らかに多くなったと考えて良いでしょう。つまり、細菌数は桁数で評価するのが一般的です。
細菌数は、測定方法や測定条件によっても変わります。このため、細菌数のデータを示す場合、測定条件は必ず明記する必要があります。細菌数のデータに限らず、科学的なデータを発表する場合はすべてそうですが。
たとえば、別の学会発表では、37℃で48時間の培養で細菌は検出されなかったが、室温で一週間程度放置したら細菌数が認められたと報告しているのもありました。これは公定法の条件から外れ、結果としてあまり意味をもちません。しかし、この報告が論文となった際、培養温度や一週間程度ということは論文には一切触れられず、一般細菌数が極めて高くなったと述べています。このような経緯を知らない人がこの論文を読むと、温水洗浄便座の吐水は極めて汚れていると誤解するでしょう。詳しくは、2022年9月に発行された論文の考察にて、研究者名を含め述べておりますので、興味のある方はお読み下さい。また、ノズル表面を拭き取って、糞便汚染指標細菌がこんなに検出されたと述べている論文もあります。温水洗浄便座のノズルは常に糞便汚染にさらされますので、使用前後の自動洗浄機構がついているとしても仕方ないでしょう。私としては、だから何?といった程度のデータとしか認識しません。さらには、吐水を集めて遠心分離してその細菌数を測定するなど様々です。水の衛生調査は公定法に基づくことで適切な評価ができるといえます。

まず、北里大学相模原キャンパスに設置されている、貯湯式の温水洗浄便座127台の吐水について調べました。他の調査で報告されるノズルの表面については、人に触れない箇所なので調べませんでした。貯湯式とは、0.5〜1.0リットルのタンク内の水を加温して貯め、それを吐水として用いる方式です。配管内を流れる水道水を必要に応じてその都度温めて使用する瞬間式より安価なため広く普及しています。一般細菌数などを調べたところ、その結果は表1のとおりでした。比較対象として、温水洗浄便座の吐水の元となる水道水も測定しました。

表1.温水洗浄便座の吐水と元の水道水の一般細菌数、従属栄養細菌数

吐水 水道水
平均
(個/mL)
範囲
(個/mL)
検出率
(%)
平均
(個/mL)
範囲
(個/mL)
検出率
(%)
一般細菌数 6 0.6〜52 56 1 0.5〜3 18
従属栄養細菌数 18000 1500〜22000 100 22 2〜290 100

温水洗浄便座の吐水中の一般細菌数は平均で1mLあたり6個程度でした。さらに12台を瞬間式に取替えて調べると1mLあたり1個程度でした。したがって、温水洗浄便座の吐水は水道水と同じ桁数で、あまり違いはありません。世界で一番厳しいといわれる日本の水道水の水質基準では、一般細菌数が1mLあたり100 個以下にするよう定めています。つまり、温水洗浄便座の吐水の平均的な一般細菌数は水道水の水質基準よりも低く、ノズルの自動洗浄機構で吐水の衛生性は維持されているといえます。
従属栄養細菌数の結果については、【従属栄養細菌数の結果】をお読みください。

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【従属栄養細菌数の結果】
水道水の水質基準には従属栄養細菌数の基準値はありませんが、1mLあたり2000個を水質管理目標設定項目としての暫定値としています。
北里大学相模原キャンパスにある貯湯式温水洗浄便座の吐水中の従属栄養細菌数は1mLあたり平均18000個でした。そして、12台を瞬間式に取替えて調べると1mLあたり平均5000個でした。
従属栄養細菌数は塩素消失や配管内での水に滞留にともなって増殖する細菌の数の指標です。温水洗浄便座の吐水中の従属栄養細菌数は、水道水よりも2、3桁多くなりました。これは、温水洗浄便座の貯湯タンクの加温等で、水道水由来の細菌が生物膜を形成している状況を表しています。吐水を使用する際、この生物膜から微量に細菌が剥がれ落ちるので、従属栄養細菌として測定されます。しかし、従属栄養細菌は水系感染症にかかわる病原微生物の存在と関係はありません。また、従属栄養細菌が病気を起こすこととも関係はありません。貯湯式の場合前述のとおり、吐水の従属栄養細菌数は、水道水の目標値1mLあたり2000個より一桁多い状態ですが、水道水由来の細菌が加温で増殖した結果であることを考えると衛生上問題がある数値ではないといえます。

そして参考までに温水洗浄便座の吐水のように、人の皮膚に触れる水として風呂水も調べてみると、一般細菌数では吐水より二桁ほど多い細菌数でした。

【風呂水の調査】についてもお読みください。

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【風呂水の調査】
日本防菌防黴学会誌に掲載された、入浴後の風呂水の一般細菌数や従属栄養細菌数に関する報告からみると、風呂水の一般細菌数と従属栄養細菌数は、公定法を使った場合、平均的な性状は、それぞれ1mLあたり250個、1mLあたり2400個でした。平均的性状ですから、それ以上の値もそれ以下の値も含みますが。
したがって、一般細菌数や従属栄養細菌数からみると、我々は、温水洗浄便座の吐水以上の菌数を含む風呂水に浸かる可能性もあることがわかります。これは、風呂水が汚いというわけではなく、風呂に入ることによってからだに付いている細菌が風呂水に洗い流されるという意味になります。ちなみに、体には皮膚常在菌という細菌が付着し、皮膚常在菌によって皮膚の健康は保たれています。人の腸内細菌と人間の健康も非常に関係があります。すなわち、人と細菌との共生や人と細菌との集団安全保障と言い換えることもできます。

風呂水の調査結果は日本防菌防黴学会誌Vol.51,No.2,pp.67−70(2023)に掲載
要約はこちら(外部サイト)をご覧ください。

<吐水中の糞便汚染指標細菌>

ワンポイント:吐水中の糞便汚染指標細菌の検出は5%程度。細菌数は少量でした。

糞便汚染指標細菌として大腸菌、大腸菌群(大腸菌によく似た性質の細菌群)、腸球菌と、日和見感染原因細菌のひとつとして緑膿菌を選び、吐水中におけるこれらの細菌の検出率を下表に示します。なお、糞便汚染指標細菌とは、それらの細菌自体が病原性を示すものではないが、糞便汚染が最近生じたと思われる証拠となるものです。また、日和見感染原因細菌とは、普通の健康状態の人には無害でも、免疫力が低下した人には感染を起こす細菌のことです。人の糞便中のほか、土壌、環境水、汚水などに幅広く存在しています。 病原微生物の感染菌量(経口)

127台の温水洗浄便座の吐水を2回測定したところ、大腸菌、大腸菌群、腸球菌、緑膿菌の検出率は、表2のとおり、それぞれ、3.5%、5.1%、2.8%、1.6%でした。これらの細菌数は吐水1mLあたり0.1〜数10個程度と少量でした。

表2.温水洗浄便座の吐水中の各細菌検出率

大腸菌 大腸菌群 腸球菌 緑膿菌
検出率(%) 3.5 5.1 2.8 1.6

温水洗浄便座のノズルは、その使用状況から絶えず糞便汚染に曝されます。このため、温水洗浄便座では、使用前と使用後にノズルを自動洗浄する機能が付いています。しかし、ノズル汚染のリスクをゼロにはできないため、このように吐水中に糞便汚染指標細菌や緑膿菌が検出されることがわかりました。
ただし、このような細菌の検出が危険というわけではありません。後述の<連続吐出における吐水中の細菌数の変化>にあるとおり、吐水の細菌数はすぐに減少することから後から続く吐水で流されていくものと推察されます。さらに、腸内には多数の細菌がいます。異なる細菌がわずかな菌数で外から入っても中で増えることは考え難いといえるでしょう。

<ノズルの清掃効果>

ワンポイント:毎日のノズル清掃には効果がありました。

温水洗浄便座のノズルは使用前後に自動で洗浄されますが、目に見える汚れがある場合は、ノズル表面を清掃する必要があります。一方、パブリック施設向けの「大便器・温水洗浄便座清掃マニュアル」では、日常清掃としてノズルを水拭きするように記されています(以下、指定清掃と称します)。

公益社団法人 全国ビルメンテナンス協会ホームページ掲載「大便器・温水洗浄便座清掃マニュアル」はコチラから

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そこで、ノズル自動洗浄機構を働かせた場合と、ノズル自動洗浄機構を働かせて、かつ、指定清掃を実施した場合における、吐水中の一般細菌数を比較検討しました。3台の瞬間式温水洗浄便座を選んで定期的な調査を行ったところ、いずれの温水洗浄便座でも吐水中の一般細菌数は、指定清掃を毎日行った条件で低くなることがわかりました。ノズル表面を清浄にすることで、吐水の衛生性はさらに高められるといえます。念のため申し添えますが、自動洗浄機構のみを使った吐水の一般細菌数も水道水の水質基準以下の値(1mLあたり1個以下〜100個)でした。


その結果を表3にまとめました。なお、数値の範囲は、データ数全体の中ほど50%が占める範囲です。

表3.温水洗浄便座ノズルの指定清掃有無による吐水の一般細菌数・従属栄養細菌数の比較

ノズル自動洗浄 ノズル自動洗浄+指定清掃
1台目 2台目 3台目 1台目 2台目 3台目
一般細菌数(個/mL) 50〜100※1 5〜30 15〜25※2 20〜40※1 2〜10 2〜5※2

※1及び※2で統計上の差あり。

<連続吐出における吐水中の細菌数の変化>

ワンポイント:吐水の細菌はすぐに排出されました。

吐水を連続的に噴出させた場合の細菌数の変化を調べたところ、ある程度の細菌がいてもすぐに排出されることが分りました。およそ120 mLを噴出させると、細菌数は基準以下になりました。したがって、前述の<吐水中の糞便汚染指標細菌>で述べたとおり、細菌がいても後からの水道水で流されると考えられます。

<ノズルに付着した細菌の遡上性>

ワンポイント:あり得ない条件で調査、細菌は温水洗浄便座のノズルを遡上しませんでした。

温水洗浄便座のノズルに付着した細菌がノズル内や温水洗浄便座内の配管を伝わって、貯湯タンクや給水元栓付近まで遡上するかどうか、実験で確かめました。貯湯タンク方式の温水洗浄便座を3台用意し、水道水由来の緑膿菌の影響を排除するため、給水と実験装置の間に0.1μmのマイクロフィルタを取り付けました。糞便汚染の実験条件としては、1日3回、大腸菌と緑膿菌を、それぞれ1mLあたり1億個以上含む模擬糞便を作り、1日に3回ノズルに吹き付けました。これは通常ではあり得ない糞便汚染濃度に相当します。用意した3台の温水洗浄便座のうち、1台(A)は通常どおり使用前後のノズル自動洗浄機構はオンとして、ノズルを糞便汚染させました。もう1台(B)は使用前後のノズル自動洗浄機構はオフに変えて、ノズルを糞便汚染させました。最後の1台(C)は比較対照で、使用前後のノズル自動洗浄機構をオンのまま、ノズルを糞便汚染させませんでした。この実験を約7ヶ月続けた後、温水洗浄便座の分解調査を行い、温水洗浄便座から細菌が検出されるかどうかを調べました。
その結果、大腸菌や緑膿菌などに通常あり得ない濃度(1000万個以上)で約200日にわたってノズルを汚染させた拭き取り試験の結果は表4のとおりで、比較対照(C)は、全て不検出でした。

表4.温水洗浄便座の分解拭き取り試験による細菌検出結果

吐水ノズルカバー 吐水ノズル本体
吐水孔周辺 カバー周囲 ノズル孔付近 内部配管
(A)自動洗浄機構オン 緑膿菌
大腸菌
(B)自動洗浄機構オフ 緑膿菌
大腸菌

+検出 −不検出

採取箇所

ノズルカバーの吐出孔周辺では緑膿菌が、ノズル本体のノズル孔周辺では、緑膿菌と大腸菌が残っていました。しかし、ノズル本体の内部配管から緑膿菌と大腸菌は検出されませんでした。したがって、ノズル内をこれらの細菌が遡上する可能性は極めて低いことがわかりました。なお、使用前と使用後にノズルを自動洗浄する機構をオンにするとノズルカバー周囲から緑膿菌と大腸菌が検出されなくなることから、温水洗浄便座の使用前後のノズル自動洗浄機構の効果もわかります。

<おわりに>

ワンポイント:適切な使用と日常的な管理が重要。

温水洗浄便座の吐水について大学内のトイレで細菌学的な挙動を調査検討してきましたが、それは毎日清掃されているトイレの温水洗浄便座であるということです。日常的な管理があれば、細菌学的な観点からみて吐水に大きな問題ないといえるでしょう。そもそも、吐水の元は水道水ですから。
公衆的な場所に設置されている温水洗浄便座について調査はしておりませんが、我々の調査結果から、清掃は非常に重要と考えられます。病院などに設置される温水洗浄便座の管理には、感染症予防の観点から特別な措置が必要となる場合もあります。
温水洗浄便座は、日常的な管理が重要となります。ノズルの定期的な清掃は、温水洗浄便座の吐水の細菌数を減らすこともできます。ただし、温水洗浄便座は日常的に使用することを前提として作られています。長期間使用しないと残留塩素が低下し、吐水の細菌数を増加させることもあります。定期的な清掃や維持管理を行いながら、温水洗浄便座を適切に使うことが一番重要と考えられます。

最後にトイレの使用後は、手洗いが大切です。【大切な手洗い】についてもお読みください。

【大切な手洗い】記事は + をクリック

【大切な手洗い】
あまり認識されていませんが、トイレで用をたしたあとにトイレットペーバーを使うと、腸内細菌がトイレットペーパーを通過し、糞便汚染指標細菌や緑膿菌が手に付着します。極めて微量で目には見えませんが。そして、その手で服に触れば服に、ドアノブを触ればドアノブに、これらの細菌が移動します。これは、人は細菌まみれということではなく、生活をしていると手で様々なところを触りますので、手を介して様々な細菌が体に付着する現状を表しています。温水洗浄便座の吐水から検出される糞便汚染指標細菌の数よりも、日常生活で手に触れる糞便汚染指標細菌の数の方が多いでしょう。
一方、細菌がいないと人間は健康で生きられません。人間は細菌との共生によって健康を保っています。皮膚の常在細菌や糞便汚染指標細菌の元となる腸内細菌が、人と細菌との共生関係の事例です。ただし、感染症予防の観点からは、細菌はもちろんのことウイルスなどが、無造作に体内に入ることも防がなくてはいけません。人には免疫機能がありますが、最初に行う感染予防手段として、細菌やウイルスなどの微生物の伝播経路を遮断することが重要です。手の洗浄や消毒は、伝播経路の遮断となります。前述のとおり、生活をしていると手でいろいろなところを触ります。したがって、トイレを使用した後の手洗いは伝播経路の遮断となります。なお、手洗い以外に、洗濯、風呂でも衛生を保てます。過剰に衛生面に気をつかう必要はありませんが、自宅以外の場所には様々な微生物が存在します。このため、帰宅したら、まず、手洗い、うがい、風呂という適度な衛生的配慮を私自身心掛けています。