<温水洗浄便座の吐水の細菌数>
ワンポイント:温水洗浄便座の吐水中の細菌の数は、水道水並みでした。
調査では吐水に含まれる一般細菌数や従属栄養細菌数などを調べました。一般細菌、従属栄養細菌、その測定方法については【一般細菌、従属栄養細菌とは】や【一般細菌数と測定方法・条件】をお読みください。
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【一般細菌、従属栄養細菌とは】
細菌は、河川や土壌、食品や空気中、そして私たちの腸内にも広く存在しています。一般細菌は、様々な細菌が増殖可能な「標準寒天培地」を用いて、約36℃で24時間培養したときに集落を形成する細菌のことをいいます。一般細菌は、それ自体が病原細菌ではなく、病原細菌との直接的な関係もないですが、汚染された水ほど一般細菌が多く含まれているため、水の汚染状況を知る目安となる検査項目です。一般細菌は十分に消毒された水道水で検出されることは少なく、塩素注入量の不足や汚染水の混入によってその数が増加します。したがって、一般細菌が基準値以下であれば水の汚染はないと判断することができます。
水中では、有機炭素濃度が数mg/l 以下といった低有機栄養環境下や低水温環境下で生息している細菌(光合成細菌は含みません)がいます。従属栄養細菌は、有機栄養物を比較的低濃度に含む培地を用いて低温で長時間培養(例えば20±1℃ 7日間)したとき、培地に集落を形成する、培養可能なすべての細菌のことをいいます。水道原水中においても従属栄養細菌は一般細菌よりも著しく多く存在しているので、浄水処理過程や消毒過程で細菌の除去性を評価するのに適しています。また、配水系システム内における塩素の消失や滞留に伴って従属栄養細菌が増加するので、それらが清浄な状態にあるのかどうかをチェックする際にも有用です。
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【一般細菌数と測定方法・条件】
ワンポイント:計り方で細菌数は変わります。
上水道や食品の衛生状態を表す指標として、上水道では一般細菌数が、食品では生菌数が用いられています。一般細菌数とは、標準的な栄養を含む培地に1mLの試料水を加えて36℃で24時間培養して認められるコロニーの数です。一方、生菌数は、食品に含まれる細菌数を数えるために用いる方法として標準的に用いられています。生菌数は、一般細菌数と同様な成分の培地に1mLの試料水を加えて35℃で48時間培養して認められるコロニーの数です。論文では「生菌数(Total Viable Count)」を測定しました。ただし、今回の記事では、生菌数よりも細菌数の方が理解しやすいと思い、「一般細菌数」という名称に統一しています。いずれにしろ、一般細菌数も生菌数もその値が大きいほど、細菌学的な汚染が生じていると推定できます。なお、細菌数の多い・少ないですが、1個が3個となっても多くなったとは考えません。1個が10個となったときは明らかに多くなったと考えて良いでしょう。つまり、細菌数は桁数で評価するのが一般的です。
細菌数は、測定方法や測定条件によっても変わります。このため、細菌数のデータを示す場合、測定条件は必ず明記する必要があります。細菌数のデータに限らず、科学的なデータを発表する場合はすべてそうですが。
たとえば、別の学会発表では、37℃で48時間の培養で細菌は検出されなかったが、室温で一週間程度放置したら細菌数が認められたと報告しているのもありました。これは公定法の条件から外れ、結果としてあまり意味をもちません。しかし、この報告が論文となった際、培養温度や一週間程度ということは論文には一切触れられず、一般細菌数が極めて高くなったと述べています。このような経緯を知らない人がこの論文を読むと、温水洗浄便座の吐水は極めて汚れていると誤解するでしょう。詳しくは、2022年9月に発行された論文の考察にて、研究者名を含め述べておりますので、興味のある方はお読み下さい。また、ノズル表面を拭き取って、糞便汚染指標細菌がこんなに検出されたと述べている論文もあります。温水洗浄便座のノズルは常に糞便汚染にさらされますので、使用前後の自動洗浄機構がついているとしても仕方ないでしょう。私としては、だから何?といった程度のデータとしか認識しません。さらには、吐水を集めて遠心分離してその細菌数を測定するなど様々です。水の衛生調査は公定法に基づくことで適切な評価ができるといえます。
まず、北里大学相模原キャンパスに設置されている、貯湯式の温水洗浄便座127台の吐水について調べました。他の調査で報告されるノズルの表面については、人に触れない箇所なので調べませんでした。貯湯式とは、0.5〜1.0リットルのタンク内の水を加温して貯め、それを吐水として用いる方式です。配管内を流れる水道水を必要に応じてその都度温めて使用する瞬間式より安価なため広く普及しています。一般細菌数などを調べたところ、その結果は表1のとおりでした。比較対象として、温水洗浄便座の吐水の元となる水道水も測定しました。
表1.温水洗浄便座の吐水と元の水道水の一般細菌数、従属栄養細菌数
|
吐水 |
水道水 |
平均 (個/mL) |
範囲 (個/mL) |
検出率 (%) |
平均 (個/mL) |
範囲 (個/mL) |
検出率 (%) |
一般細菌数
|
6 |
0.6〜52 |
56 |
1 |
0.5〜3 |
18 |
従属栄養細菌数
|
18000 |
1500〜22000 |
100 |
22 |
2〜290 |
100 |
温水洗浄便座の吐水中の一般細菌数は平均で1mLあたり6個程度でした。さらに12台を瞬間式に取替えて調べると1mLあたり1個程度でした。したがって、温水洗浄便座の吐水は水道水と同じ桁数で、あまり違いはありません。世界で一番厳しいといわれる日本の水道水の水質基準では、一般細菌数が1mLあたり100 個以下にするよう定めています。つまり、温水洗浄便座の吐水の平均的な一般細菌数は水道水の水質基準よりも低く、ノズルの自動洗浄機構で吐水の衛生性は維持されているといえます。
従属栄養細菌数の結果については、【従属栄養細菌数の結果】をお読みください。
【従属栄養細菌数の結果】
水道水の水質基準には従属栄養細菌数の基準値はありませんが、1mLあたり2000個を水質管理目標設定項目としての暫定値としています。
北里大学相模原キャンパスにある貯湯式温水洗浄便座の吐水中の従属栄養細菌数は1mLあたり平均18000個でした。そして、12台を瞬間式に取替えて調べると1mLあたり平均5000個でした。
従属栄養細菌数は塩素消失や配管内での水に滞留にともなって増殖する細菌の数の指標です。温水洗浄便座の吐水中の従属栄養細菌数は、水道水よりも2、3桁多くなりました。これは、温水洗浄便座の貯湯タンクの加温等で、水道水由来の細菌が生物膜を形成している状況を表しています。吐水を使用する際、この生物膜から微量に細菌が剥がれ落ちるので、従属栄養細菌として測定されます。しかし、従属栄養細菌は水系感染症にかかわる病原微生物の存在と関係はありません。また、従属栄養細菌が病気を起こすこととも関係はありません。貯湯式の場合前述のとおり、吐水の従属栄養細菌数は、水道水の目標値1mLあたり2000個より一桁多い状態ですが、水道水由来の細菌が加温で増殖した結果であることを考えると衛生上問題がある数値ではないといえます。
そして参考までに温水洗浄便座の吐水のように、人の皮膚に触れる水として風呂水も調べてみると、一般細菌数では吐水より二桁ほど多い細菌数でした。
【風呂水の調査】についてもお読みください。
【風呂水の調査】
日本防菌防黴学会誌に掲載された、入浴後の風呂水の一般細菌数や従属栄養細菌数に関する報告からみると、風呂水の一般細菌数と従属栄養細菌数は、公定法を使った場合、平均的な性状は、それぞれ1mLあたり250個、1mLあたり2400個でした。平均的性状ですから、それ以上の値もそれ以下の値も含みますが。
したがって、一般細菌数や従属栄養細菌数からみると、我々は、温水洗浄便座の吐水以上の菌数を含む風呂水に浸かる可能性もあることがわかります。これは、風呂水が汚いというわけではなく、風呂に入ることによってからだに付いている細菌が風呂水に洗い流されるという意味になります。ちなみに、体には皮膚常在菌という細菌が付着し、皮膚常在菌によって皮膚の健康は保たれています。人の腸内細菌と人間の健康も非常に関係があります。すなわち、人と細菌との共生や人と細菌との集団安全保障と言い換えることもできます。
風呂水の調査結果は日本防菌防黴学会誌Vol.51,No.2,pp.67−70(2023)に掲載
要約はこちら(外部サイト)をご覧ください。
<吐水中の糞便汚染指標細菌>
ワンポイント:吐水中の糞便汚染指標細菌の検出は5%程度。細菌数は少量でした。
糞便汚染指標細菌として大腸菌、大腸菌群(大腸菌によく似た性質の細菌群)、腸球菌と、日和見感染原因細菌のひとつとして緑膿菌を選び、吐水中におけるこれらの細菌の検出率を下表に示します。なお、糞便汚染指標細菌とは、それらの細菌自体が病原性を示すものではないが、糞便汚染が最近生じたと思われる証拠となるものです。また、日和見感染原因細菌とは、普通の健康状態の人には無害でも、免疫力が低下した人には感染を起こす細菌のことです。人の糞便中のほか、土壌、環境水、汚水などに幅広く存在しています。
127台の温水洗浄便座の吐水を2回測定したところ、大腸菌、大腸菌群、腸球菌、緑膿菌の検出率は、表2のとおり、それぞれ、3.5%、5.1%、2.8%、1.6%でした。これらの細菌数は吐水1mLあたり0.1〜数10個程度と少量でした。
表2.温水洗浄便座の吐水中の各細菌検出率
|
大腸菌 |
大腸菌群 |
腸球菌 |
緑膿菌 |
検出率(%) |
3.5 |
5.1 |
2.8 |
1.6 |
温水洗浄便座のノズルは、その使用状況から絶えず糞便汚染に曝されます。このため、温水洗浄便座では、使用前と使用後にノズルを自動洗浄する機能が付いています。しかし、ノズル汚染のリスクをゼロにはできないため、このように吐水中に糞便汚染指標細菌や緑膿菌が検出されることがわかりました。
ただし、このような細菌の検出が危険というわけではありません。後述の<連続吐出における吐水中の細菌数の変化>にあるとおり、吐水の細菌数はすぐに減少することから後から続く吐水で流されていくものと推察されます。さらに、腸内には多数の細菌がいます。異なる細菌がわずかな菌数で外から入っても中で増えることは考え難いといえるでしょう。
<ノズルの清掃効果>
ワンポイント:毎日のノズル清掃には効果がありました。
温水洗浄便座のノズルは使用前後に自動で洗浄されますが、目に見える汚れがある場合は、ノズル表面を清掃する必要があります。一方、パブリック施設向けの「大便器・温水洗浄便座清掃マニュアル」では、日常清掃としてノズルを水拭きするように記されています(以下、指定清掃と称します)。
そこで、ノズル自動洗浄機構を働かせた場合と、ノズル自動洗浄機構を働かせて、かつ、指定清掃を実施した場合における、吐水中の一般細菌数を比較検討しました。3台の瞬間式温水洗浄便座を選んで定期的な調査を行ったところ、いずれの温水洗浄便座でも吐水中の一般細菌数は、指定清掃を毎日行った条件で低くなることがわかりました。ノズル表面を清浄にすることで、吐水の衛生性はさらに高められるといえます。念のため申し添えますが、自動洗浄機構のみを使った吐水の一般細菌数も水道水の水質基準以下の値(1mLあたり1個以下〜100個)でした。
その結果を表3にまとめました。なお、数値の範囲は、データ数全体の中ほど50%が占める範囲です。
表3.温水洗浄便座ノズルの指定清掃有無による吐水の一般細菌数・従属栄養細菌数の比較
|
ノズル自動洗浄 |
ノズル自動洗浄+指定清掃 |
1台目 |
2台目 |
3台目 |
1台目 |
2台目 |
3台目 |
一般細菌数(個/mL)
|
50〜100※1 |
5〜30 |
15〜25※2 |
20〜40※1 |
2〜10 |
2〜5※2 |
※1及び※2で統計上の差あり。
<ノズルに付着した細菌の遡上性>
ワンポイント:あり得ない条件で調査、細菌は温水洗浄便座のノズルを遡上しませんでした。
温水洗浄便座のノズルに付着した細菌がノズル内や温水洗浄便座内の配管を伝わって、貯湯タンクや給水元栓付近まで遡上するかどうか、実験で確かめました。貯湯タンク方式の温水洗浄便座を3台用意し、水道水由来の緑膿菌の影響を排除するため、給水と実験装置の間に0.1μmのマイクロフィルタを取り付けました。糞便汚染の実験条件としては、1日3回、大腸菌と緑膿菌を、それぞれ1mLあたり1億個以上含む模擬糞便を作り、1日に3回ノズルに吹き付けました。これは通常ではあり得ない糞便汚染濃度に相当します。用意した3台の温水洗浄便座のうち、1台(A)は通常どおり使用前後のノズル自動洗浄機構はオンとして、ノズルを糞便汚染させました。もう1台(B)は使用前後のノズル自動洗浄機構はオフに変えて、ノズルを糞便汚染させました。最後の1台(C)は比較対照で、使用前後のノズル自動洗浄機構をオンのまま、ノズルを糞便汚染させませんでした。この実験を約7ヶ月続けた後、温水洗浄便座の分解調査を行い、温水洗浄便座から細菌が検出されるかどうかを調べました。
その結果、大腸菌や緑膿菌などに通常あり得ない濃度(1000万個以上)で約200日にわたってノズルを汚染させた拭き取り試験の結果は表4のとおりで、比較対照(C)は、全て不検出でした。
表4.温水洗浄便座の分解拭き取り試験による細菌検出結果
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吐水ノズルカバー |
吐水ノズル本体 |
吐水孔周辺 |
カバー周囲 |
ノズル孔付近 |
内部配管 |
(A)自動洗浄機構オン
|
緑膿菌 |
+ |
− |
+ |
− |
大腸菌 |
− |
− |
+ |
− |
(B)自動洗浄機構オフ |
緑膿菌 |
+ |
+ |
+ |
− |
大腸菌 |
− |
+ |
+ |
− |
+検出 −不検出
採取箇所
ノズルカバーの吐出孔周辺では緑膿菌が、ノズル本体のノズル孔周辺では、緑膿菌と大腸菌が残っていました。しかし、ノズル本体の内部配管から緑膿菌と大腸菌は検出されませんでした。したがって、ノズル内をこれらの細菌が遡上する可能性は極めて低いことがわかりました。なお、使用前と使用後にノズルを自動洗浄する機構をオンにするとノズルカバー周囲から緑膿菌と大腸菌が検出されなくなることから、温水洗浄便座の使用前後のノズル自動洗浄機構の効果もわかります。