<はじめに>
2009(平成21)年頃から、温水洗浄便座の貯湯タンク内で雑菌が繁殖していることやノズルが細菌で汚染されている等の記事が、新聞や週刊誌で紹介され始めました。現在も、研究者の研究発表会では温水洗浄便座が発表演題のテーマのひとつであり、温水洗浄便座に関する学術論文も出版されています。温水洗浄便座は広く日常的に普及している家庭電化製品ですので、温水洗浄便座について関心をもたれている人も多いと思います。私は、2011(平成23)年頃から、慶應義塾大学の大前先生(現・慶應義塾大学名誉教授)や朝倉先生(現・東邦大学准教授)と共同で温水洗浄便座の吐水の細菌学的性状について調査を始め、2016(平成28)年、2018(平成30)年、2022(令和4)年に3報の論文を出しました。
以下、これらの論文の主な内容を解説しますが、【情報の取扱い】や【安心・安全とリスク】についてもお読みください。
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【情報の取扱い】
冒頭で、新聞や週刊誌での温水洗浄便座の記事のお話しをしました。世間では、新聞の情報や論評は正しいと思われがちですが、人間が書く記事ですから誤報もあります。また、新聞では「角度をつける」といって、記者が注目する側面をクローズアップします。誤解無きように申し添えますが、新聞は信用できないという意味ではありません。「角度をつける」傾向は週刊誌ではさらに強いように思います。見出しをみるとセンセーショナルだったが、実際に読んでみると、バランスの良い記事だったということも多々あります。テレビについても同様なことがいえるでしょう。特にテレビは、単純に概算すると視聴率1%は100万人程度となりますので影響力は計り知れません。さらにインターネットの情報にも注意が必要です。正しい情報もあれば間違った情報もあり、あえて間違った情報をながす場合もあります。ただし、インターネットでは情報の是非を多くの人が検証可能です。新聞・週刊誌・テレビなどの一方向の情報源ではないところに希望が見いだせます。
このように現代は、様々な媒体で様々な情報が溢れている情報過多の時代です。正しいと思う情報でもとりあえず疑ってかかるという姿勢は必要でしょう。この記事も同様です。内容を読んで、是非ご自分で考えてみて下さい。勉強の目的は自分で考えるためですから、現代を生きる限り一生勉強が必要といえます。
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【安心・安全とリスク】
温水洗浄便座に限らず、物事に対する「安心・安全」は絶えず要求されています。この「安心・安全」という概念ですが、実は全く異なる概念です。安心とは感情の問題であり、安全とは科学の問題です。世の中には、科学的に安全でも、心情的に納得できないと安心と思えないことが多々あります。また、何事にも、一般的に危険性といわれている「リスク」を伴います。このリスクはゼロにすることはできません。ある手段や行為のリスクと利点(メリット)を考えた際、リスクを上回るメリットがあれば、人はそれを行います。具体的には、自動車・電車・船・飛行機のような交通手段、ワクチン、原子力発電所など事例が挙げられます。交通事故は日常茶飯事ですし、ワクチンでは副反応があります。また、東日本大震災の津波で非常用電源が喪失した福島第一原子力発電所の事故も起こりました。ちなみに、ある手段や行為を行うリスクは良く議論されますが、ある手段や行為を行わないリスクはあまり議論されることはまずありません。リスクがあるから止めてしまえというのは暴論です。
このように、リスクはゼロにできないため、科学的に100%安全かと問われた場合、多くの科学者は「はいそうです」と断言せず、リスクの説明を詳しくしようとします。しかし、これが記事になると、「100%安全とはいえない」→「危険」という角度が付いた記事や報道になる可能性があります。また、リスクの詳しい解説より、問題を単純化して「危険!止めるべき!」と断言する方がわかりやすいともいえます。このような力強い断言は、科学的に間違いでも、人々から共感を得られる傾向にあります。しかし、科学者は、科学的に安全なものを、安心につなげられるよう常に努力をしなければなりません。
温水洗浄便座に限らず、物事にはメリットとリスクがあり、伝えられる情報に様々な角度が付くことも考慮した上で総合的な安全評価を行い、安心を得るという観点は重要と思い、少しお話しをさせていただきました。