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温水洗浄便座

感染症の予防と消毒・滅菌の専門家に訊く トイレにおける腸管感染症(主にノロウイルス)の感染リスクと対策

尾家重治先生
山陽小野田市立山口東京理科大学薬学部教授、東京医療保健大学大学院客員教授。一般社団法人日本環境感染学会総会2012年度大会長。専門は院内感染の原因究明や、病院内の衛生管理。『消毒と滅菌のガイドライン』『病棟で使える消毒・滅菌ブック』『消毒薬の選び方・使い方』などの著書をもち、医学会や厚生省等行政機関のガイドライン制作等に尽力している。

尾家重治先生

秋から冬に向かう頃、目立つのが「ノロウイルス」の集団発生(アウトブレイク)報道です。一次感染源として牡蠣の生食にリスクがあることは一般的に知られていますが、流行の要因は学校給食や仕出し弁当などの調理中の二次汚染。家庭内でもトイレなどで家族間に感染するという報道も繰り返されています。感染症の予防と消毒・滅菌に関する日本の権威のお一人である尾家重治先生に、予防対策についてお話をうかがいました。

Q1.日本人が多く罹る「腸管感染症」にはどのようなものがありますか?
主な腸管感染症について教えてください。

集団生活をするところでいつも問題となり、数的に非常に多いのはノロウイルスです。アウトブレイク(集団発生)が起こりやすく、腸管感染症の中でも特に目立って数が多いです。
例年、日本では年間1万4000人を越える患者数が報告されていますが、重篤な症状がなく医療機関にかからない方もいるので、実態はその10倍以上、100倍近くいると考えられます。免疫ができないため、何度も感染してしまう人もいます。
日本で多く発生する原因は牡蠣の生食習慣にあります。冬場11〜2月に多いのもやはり生牡蠣を冬に食べるからでしょう。

学問的には牡蠣に限らず、二枚貝ならノロウイルスが濃縮されていることがありえます。もちろん火を通して食せばいいわけですし、日本海の夏牡蠣のように夏でも生食可能な牡蠣もあります。発生原因のすべてが牡蠣にあるわけではないですね。

ノロウイルスの感染サイクル

ノロウイルスは経口感染によって激しい下痢と嘔吐が起こり非常に苦しみますが、死に至るまで重篤化することは希です。基本的にはインフルエンザと同じように、3〜4日もすれば治ります。
しかし、高齢者が感染すると死亡する事例もあります。その場合に多いのは、感染そのもので亡くなるというより、嘔吐物を喉に詰まらせたり、下痢による脱水症状で亡くなるというケースです。
また、近年日本で増えているのがカンピロバクターによる腸管感染症です。半生の鶏肉などで感染します。冷凍輸入された鶏肉を調べると、ほぼ7割からカンピロバクターが検出されます。ですから、鶏肉は十分に火を通してから食べるようにしてください。

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Q2.集団発生しやすいノロウイルス。その拡大はどのようなメカニズムで起きるのでしょうか。

ノロウイルスの特徴は、経口感染で非常に感染しやすいということです。感染力がとても強く、感染頻度も高いウイルスです。腸管感染症の感染力は、「感染菌量(何個くらい経口摂取すると感染するか)」で表すことができますが、たとえばサルモネラ菌やA型肝炎ウイルスなら100万個。一方、ノロウイルスは10〜100個が口から入ると感染してしまいます。ちなみに最も感染菌量が少ないのはO-157(腸管出血性大腸菌)と赤痢菌で、10個程度でも感染する可能性があります。

ノロウイルスは感染者の小腸で増え、便や嘔吐物から検出されます。便には1gあたり1000万個。嘔吐物は便ほどではないですが、1gあたり100万個。0.1gでも10万個ですから、目に見えないような微量の付着物からも感染する可能性があるということです。
感染拡大の原因として多いのは、食品取扱い者(調理師など)が便や嘔吐物で汚染した手で食材に触れ、その食材からノロウイルスが口に入るというケースです。2017年には、学校給食のきざみのりからノロウイルスの集団感染が発生したことが報告されています。のり製造業者が嘔吐後、手洗い不足の状態できざみのりを製造、約3ヶ月後にそののりを食べた子どもたちが感染したことが、遺伝子解析でわかりました。このように、ノロウイルスは乾燥した環境でも非常に長く生きられることが確認されています。
また、嘔吐物には一切触っていないにもかかわらずノロウイルスに感染したというケースも報告されています。これは嘔吐時にミスト状に飛散した嘔吐物(ウイルス)が咽頭に付着し、唾液とともに飲み込むことで感染したパターンです。また、乾燥して空気中に舞い上がった嘔吐物(ウイルス)が咽頭に付着し、唾液とともに飲み込むパターンもあります。その点でノロウイルスは飛沫感染もどきや空気感染もどきによる感染もありえるのです。

病原微生物の感染菌量(経口)

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Q3.感染拡大を防ごうという各自の意識が必要ですね。トイレ使用時には、どのような注意が必要ですか?

そもそも便を手に付けないということが非常に重要です。手に付かなければ、ドアノブについたり、食べ物や調理器具についたりして感染が拡大することもないわけですから。
私の研究室で2017年に行った排便後の手指汚染の比較実験があります。はじめに、お尻模型と菌含有の人工便を使って排便後の状態を模擬して拭き取り試験を行い、どのくらい菌が手に付くかを調べました。

人工尻模型と菌含有の人工便を使って排便後の状態を模擬して拭き取り試験

出典:Shigeharu Oie, Hiromi Aoshika, Emiko Arita, Akira Kamiya. The Use of Electric Toilet Seats with Water Spray Is Efficacious in Maintaining Hand Hygiene in Experimental Model. Japanese Journal of Infectious Disease 2018 Volume 71 Issue 4 306-308

拭き取りで使用したトイレットペーパーは4枚重ね。これは日本レストルーム工業会の調査で “4枚重ねで拭く”という人が最も多いという結果に基づいています。この結果、4枚重ねのトイレットペーパーでは菌が手に付いてしまうことがわかりました。トイレットペーパーは顕微鏡で見ると無数の孔だらけ。孔の大きさは菌の100倍くらいあるため、4枚重ねてもやすやすと通過してしまうわけです。
同時に、温水洗浄便座を使って洗浄した後に4枚重ねのトイレットペーパーで拭き取る試験も行いました。その結果、温水洗浄便座を30秒間使った場合では使わない場合に比べて手に付く菌数が1万分の1以下になることがわかりました。

セラチア菌 培養比較例

次に、実際の排便時での試験を行いました。その結果、温水洗浄便座を使った人では使わない人に比べて手に付く菌数がおおよそ1/10程度になりました。温水洗浄便座を使えば感染の危険性が90%ほど下がるというわけですね。使い方などの個人差もありますが、手に付く病原菌の数を減らすことのできる温水洗浄便座の使用は、腸管感染症の予防に大きな効果があるといえます。

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Q4.もしも家族や周囲にノロウイルスの感染者が出たら、どのように行動すればよいでしょうか?

家族間でもうつりやすいということを、家族全員で意識した方がいいですね。特に調理をする際は手指衛生に注意が必要です。
冬場に嘔吐した場合、6〜7割はノロウイルスの可能性があると考え、慎重に消毒しましょう。嘔吐物を処理するときには使い捨て手袋を装着し、さらにサージカルマスクをするのが理想です。
また、嘔吐物を長時間放置するのは危険です。乾燥した嘔吐物を掃除機で吸い取ったことで粉塵から感染したというケースも報告されています。乾燥すると軽くなって舞い上がりやすいため、咽頭に付着して感染することも起こりえるのです。

便や嘔吐物を処理した後のトイレ掃除も重要です。家庭の場合、使える消毒薬が少ないのですが、次亜塩素酸ナトリウム0.1%(1,000ppm)溶液、または、絨毯や無垢材などには消毒用エタノール(一般用医薬品として薬局で売っているもの)などを用います。この2つの消毒薬を場所によって使い分けることが基本です。
なお、次亜塩素酸ナトリウムは直射日光や時間の経過で消毒効果が低下しやすいので注意します。購入の際は濃度と有効期限が明示されているものを選びましょう。具体的にいえば乳児用消毒液の「ミルトン®」、「ピュリファン®P」および「ミルクポン®」などを薄めて使うのがお勧めです。
“自分は症状がないから”といって、排便後の手洗いに気を抜かないことも重要です。ノロウイルスには「不顕性感染」も多いということを知っていただきたいと思います。たとえば、ノロウイルスに感染した牡蠣を同じように食べても全員が発症するわけではなく、症状が出ない人もいます。つまり、発症しないままノロウイルスを保菌している人もおり、ホテルや病院などで起きるアウトブレイク(集団発生)にはそのような「不顕性感染」が原因で感染が拡大することもあるのです。
ノロウイルスは特に子どもや高齢者が感染しやすいのですが、これは胃液が殺菌効果を示すことと関係しています。子どもの場合は胃液がまだ十分に出ていないこと、高齢者の場合は胃液が出にくくなっていることが要因の1つです。したがって、子どもや高齢者がいるご家庭は特に配慮が必要です。また大人でも、胃潰瘍の症状などがあって胃酸を抑える薬(H2ブロッカー胃腸薬など)を服用していると感染しやすくなります。

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Q5.O-157などに感染しないようにする留意点は?

O-157などの予防策の1つとして、正常な腸内細菌 そう を保つことが大切です。健康な腸内では多種多様な菌が腸内細菌叢を形成しており、それらは特定の菌の増殖を牽制する感染防御機能として働きます。たとえばO-157が腸内に入ってきても、腸内細菌叢がたくさんいれば増えることができず、感染症が起きにくくなるのです。
病院ではクロストリディオイデス(旧名クロストリジウム)・ディフィシルという菌が引き起こす偽膜性大腸炎という重篤な腸管感染症が大きな問題になっていますが、これは抗生物質や抗がん剤を投与している人だけに発症します。抗生物質や抗がん剤の一部には抗菌力があるため「腸内細菌叢を荒らす」ことになるからです。

私たちは食物を摂ることによって腸内細菌にも一部栄養を与え、その代わりに腸内細菌に感染防御の役割を果たしてもらっています。また、菌が作り出すビタミンBやビタミンKを得ているということもわかっています。私たちは多様な腸内細菌と共存しているのです。問題を起こす菌を異常に増やさないためにも、正常な腸内細菌叢を維持することが非常に大切です。

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<まとめ>
ノロウイルス感染をくい止めるための基礎知識

  • 排便後の手洗いは必須。調理従事者は特に念入りな手洗いを。
  • 温水洗浄便座を使うと、手に付く菌の量は約1/10になる。
  • 下痢をすると便器内にウイルスが飛散しているため、便器の清掃を。その場合、除菌剤や抗菌剤ではなく、「消毒」と表示された製品を使うのがよい。
    次亜塩素酸ナトリウム0.1%(1,000ppm)、または消毒用エタノールの2種類を使い分ける。
  • 嘔吐物の処理をするときには、使い捨て手袋とサージカルマスクを使う。
  • 嘔吐物が乾燥して舞い上がるとより危険、掃除は早めに。
  • 下痢や嘔吐物の付着した洗濯物は別に洗う。洗えばノロウイルスの量は少なくなる。70℃以上の熱湯で洗濯すればより効果的。
  • 食べ物に十分火を通すということも重要。80℃、1分以上の加熱でノロウイルスは死滅する。
  • 不顕性感染者に要注意。“症状がない=保菌していない(ノロウイルスがいない)”ということではない。